タイムカプセルトラベラー

 

 「これっていったい何?」

 思わず大きなひとりごとが出た。

 タイムカプセルじゃなかったんだ。でっかくて銀色の殺風景な四角い箱。どう見ても、これ棺桶だぜ。

 せっかく二週間もかけて掘り出したのに、とんだ無駄骨だ。

 おれはスコップにすがってヨロヨロと地面に腰を下ろした。タイムカプセルを掘り当てたら……

 中にこういう物が入っていたら……って色々想像してたことがみんなパァーになったと思ったら、

 急に疲れちまった。

 首にかけていたタオルで額の汗をぬぐい、この前掘り当てたカプセルの中から見つけたタバコに、

 これまたカプセルで見つけたライターで火をつけた。

 おれの名は拓。苗字は、あったかもしれないけど、忘れた。

 おれと弟の光と翼は十年も前、おれが五つの年に両親を亡くした。

 シエルターの中の町では「子供だけの家庭」ってのはまるで厄介者扱い。

 で、居心地悪くって町を出たのが五年前だ。

 外の世界は、まだまだ汚れていて食料もなかなか見つからなくて、はじめの数ヶ月はいつ死んでもおかしくない暮らしだった。

 だけど、頭のいい光が、廃虚から機械部品やデータディスクやマイクロフィルムを掘り出してシェルターの町に売る商売を

 考え出したおかげで、おれたちはなんとか暮らしていけるようになった。

 小柄だけど体力には自信あるおれと、体は弱いけど頭脳は天才的な光と、どんな狭い隙間にも入っていけるすばしっこい翼。

 三人のチームワークは最高で、あとから真似して割り込んできたどんな同業者にも負けなかった。

 そう、負けなかった−−。

 ……何を話しても過去形になってしまうのがやりきれない。

 一人で居ることには慣れたけど、ついうっかり習慣で後ろを振り向いてみたり、弟たちのいろんな可愛い仕草なんかを

 思い出したりしてしまうと、こんなおれでもわあわあ泣きたくなってしまう。そして、崩れ残って建っている廃虚の屋根から、

 飛び降りてコナゴナになってしまいたくなる。

 でも昔、母さんから「自殺した人間は天国に行けない」って話を聞いたのを覚えてるからおれは飛び降りない。

何より光がそれを覚えてて「拓兄、絶対自殺しちゃだめだよ。天国で会えなくなるからね」っていつも話してたから、

ちゃんと死ねるまでおれは生きなきゃいけない。

 もっとも、外の世界の空気が少しずつおれの寿命も縮めてくれてるみたいだから、ちゃんと天国に行ける日もそう遠くはないだろう。

 

 おれは一服吸い終わると吸殻を踏み消して、ついでにいまいましい棺桶も蹴っとばした。

 二十世紀の人間がお気楽に埋めたタイムカプセルには、旧式だけど今の世界じゃとても作れないような便利な機械や

奇麗な服や本やおもちゃまで入っていて、おれたちにとって魔法の宝箱だった。中身を売るにしても、知識ばかりで

実用性の低いディスクなんかより、よっぽど高く売れるんだ。

 しかし棺桶じゃーなあ。

「まてよ、こんだけ頑丈そうな箱なら、棺桶以外にも使い道あるかも……」

 おれは、この棺桶の中身を捨てて、箱を売りに出そうと思った。言っとくけど「バチ当たり」なんて言葉はとっくに死語だぜ。

 おれは、ドライバーやペンチやドリルや……持っていた工具を総動員して、無理矢理に棺桶のフタを開けた。

 さすがにフタを開ける瞬間は、胸がドキドキした。こういうタイプの棺桶はもちろん死体保存処理がされてる筈だけど、

あの最終戦争の時の核爆発で、もしかしたらグジャグジャのドロドロになってる可能性もあるからだ。

「ありゃー、どうなってんのー?」

 弟たちを亡くしてから、ほんとにひとりごとが多くなってしまった。おれはフタの中にまたフタを見つけて、大声でそう叫んでいた。

 強化合金で出来た棺桶の、分厚いフタの中に、もう一つフタがある。しかもそのフタは半透明で、白いすりガラスのような

その内側に、横向きになって両脚を腕で抱え込んで丸まっている人間のシルエットが見えた。

 はっきり見えてるわけじゃないけど、全裸でしかも丸みのある体型がどうも女らしいので、また心臓が忙しく動き始めた。

 ガラスのようなフタも開けようとした時、その上に紙切れが一枚乗っていたことに気付いた。

 おれは二つ折りになっていたそれを開き、目の前に近づけた。最近視力も弱ってきたし、光と違って頭も良い方じゃないが、

なんとか読めそうだった。

 

『どなたかは分かりませんが、このカプセルを開けて下さった方へ。

 このカプセルに入っているのは、私の作ったアンドロイドです。

 名前はミオ。

 私はこのミオを、私の最愛の娘…今は亡き未央に似せて作りました。ですが、所詮アンドロイドはアンドロイド。

外見も声も知識も完全に未央とそっくりなのに、未央ではなかった。

 未央の心が、この少女には無いのです。いくら知識や記憶をコピーしても完璧に同じ心を持つことなど、不可能だった。

未央らしい心を植え付けることは出来ても、それはうわべだけのことで、アンドロイドに本当の感情を芽生えさせることなど、

今の科学では無理だったのです。それを悟った私は、このミオと二人で暮らしていくことが耐えられなくなりました。

 私の未央は死んでしまい、二度と会うことはできない。本当に会えるのは、私が死んで天国に行く時しかないのだと

分かった時、このミオをタイムカプセルに封じ込めることを私は思いつきました。

 未央の記憶を抜き取り、無垢の状態の心に戻ったミオを、未来のあなたの時代へと送ります。

 もし、人造人間にも完璧な心を与えられる時代になっていたならば、このミオにふさわしいとあなたが思う心を、

どうか与えてやってください。

 もし、まだそのような科学力が未発達であるならば、人型ロボットとして家族の一員に加えてやってください。

メイドや子供の遊び相手など、家庭の雑用をこなせるだけの知能・知識は備わっています。

 勝手なお願いばかり申しますが、どうかこの子に優しくしてやってください。ミオは、長い長い時間の旅を終え、

あなたの所にたどりついたのです。あなたに開けていただいた縁を信じて、ミオをあなたに託します。

 一九九九年七月 時田久史』

 

 おれは、しばらく呆然と座り込んでいた。

 とんでもないものを拾ってしまったらしいぞ。

 人型ロボット−−アンドロイドなんて最終戦争の時ほとんど壊れてしまってる。大きなシェルターには何体か保管されていて、

人間じゃ危険な仕事をやらせていたらしいけど、最近は電力不足で滅多に動かせないと聞いた。

「そうだよ、せっかくアンドロイドもらっても、この世界にゃ自由に使える電気もないんだぞ!」

 おれは、無責任な手紙のおっさんに向かって怒鳴った。その拍子に、持ってた手紙がガラスのフタの上に、

さっき乗っていた時と反対側を上にして落ちた。

 そこには小さい字で『追伸』の文字。

 

『追伸。ミオの動力はソーラー蓄電池です。週に五時間以上の日光浴をさせれば、半永久的に動きます』

 

「おっさん、そういう大事なことは早く言ってくれ!」

 半永久的に動く美少女アンドロイド。(「美」の部分は勝手に決めつけてるが)こりゃ、どのくらいの高値で売れるか、想像もつかないぜ。

 おれは興奮して震える指で、ようやく内側のフタの留め具を外した。

 中に充満していたらしい白い気体が、少し出来た隙間から勢い良く吹き出す。 

霧のようなものが拡散するのを待ってフタを開け、カプセルの側面から身を乗り出して、おれは中を覗いた。

 中に封じ込められているのは、人工の生命体。でも、折り曲げた膝を抱えるように肘も深く曲げ、

握りしめた両手を頬につけたその姿勢は、まるで胎児のようだった。

 人形のように整った美しい寝顔よりも、心細げに握りしめた、ふんわりと白い手におれの目はひきつけられた。

−−しっかり握りしめた手のひらの中に、みんな何か大切なものを持って生まれてくるって……そういう話

聞いたことある気がするんだけど……うー、何持ってたんだっけ、思い出せねえ!

 とにかくおれは、今まさに生まれたばかりのミオを見た瞬間、売っぱらっちまう気なんか全然なくなってしまったんだ。

 今まで開けたタイムカプセルの中で、これは絶対一番の宝物。光や翼もきっとそう言うと思うから。

 陽射しの角度が変わり、おれが掘ってきたこの深い穴の中にも、はるか上から明るい光がさしこんだ。

すると、ミオの抜けるような白い肌に、頬のあたりから赤味がさし始めた。

 固く握っていた手のひらがゆっくりと開き、長いまつ毛がかすかに動いた。

 今度はおれが緊張で固く手を握ったまま、じっと見守る。

 ミオの目が開き、折りたたんでいた手足をほどいて、おれの方へ振り返ったら……そしたら、まず最初に何て言おうか。

 おれは、一生のうちで一番ドキドキしながら、その瞬間を待った。

 ミオの長い髪が揺れて、目覚めた瞳がキョロキョロと視線をさまよわせている。

そして、ついにミオはおれを見つけ、じっとおれを見つめたまま体を起こした。

 あ、何? なんて言えばいいんだ、こんな時。パンクしそうなおれの頭は、とてつもなく平凡な言葉を選び出していた。

「こ、こんにちは……」

 最悪の選択を呪いながら、それでも必死で笑顔を作ろうとしていると、ミオはとっても自然に、まるで花が開くように自然に、笑った。

 ミオは、本当に生まれたばかりの子供のように純真な瞳でおれを見つめ、さっきのおれの言葉をくりかえした。

「こんにちは」

 歌うように美しいその声が言うと、平凡な言葉もたちまち魔法の言葉に変わる。

 その瞬間から「こんにちは」は、おれにとって、世界で一番美しい言葉になった。

  −−END−−   

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