Introit and Kyrie

−入祭唱とキリエ

汝、わが祈りを聴き給え、

もろ人、汝が許に来たるべし。 

主よ、憐れみたまえ。

キリストよ、憐 れみたまえ。

 

   天の国にいらっしゃる、大好きなおばあちゃんへ。
  うち、ひとにおてがみ書くの、はじめてやから、へたくそやったら、かんにんな。
  隊長さんが「聖女といわれる者が、読み書きくらいできなくてはしめしがつかん」
  とおっしゃったので、うち、いっしょうけんめい、字の練習してるねん。
   ただ書き取りの練習するより、だれかにお話するほうが楽しいさかい、これからもずっと、
  おばあちゃんにおてがみ書くからね。

   さっき言うた『隊長さん』て、うちの近くのヴォークールールの守備隊長さんのこと。
  ワシっ鼻の下にピンとしたりっぱなヒゲをはやした、いかめしい方です。
   何日か前、はじめておとうちゃんと二人で隊長さんのとこによばれていったとき、
  ヒゲをなでつけながら、隊長さん、ニヤッて笑わはってん。
  「ジャックよ、天使を見たというのはおまえの娘か?」
   隊長さんがそう尋ねはったとき、うち、てっきり叱られるかと思て、首すくめた。
   そやかていっつも、うちが天使さまの話をすると、おかあちゃんもおとうちゃんも
  こわい顔で怒らはるもん。 

   このまえ「うちが天使さまたちのために歌うたらね、みんなで楽しそうに笑いながら、
  空の上でおどってはったよ」て言うたら、おかあちゃんは「やれやれ」て言いながら、
  首をふってた。「そんなこと人に言うたらあかんよ」とも言わはった。

   どうしてやの? おばあちゃん。 
  羊といっしょに原っぱでのんびりしてて、なんかしあわせな気分になったり、
  ねるまえにお祈りしてたりすると、ときどき、天使さまがきてくださるの。ほんまやよ。
   だいたい、なんも言わんとほほえんではるだけやけど、このまえひとこと、うちにきかはった。
  「ジャンヌ、おまえはしあわせか」
   うち、いそいで「はい」てこたえた。そしたら天使さま、ちょっとまじめな顔で言うた。
  「ならば、自分以外の者たちもみな、しあわせになるよう、みちびきなさい」 
   どういう意味なんかわからへんうちに、天使さまは空の高い高いとこへ、消えてってしもた。

  『みちびく』って、どうやったらええの?
  自分以外の人たちもしあわせになるようにするって、いったいどういうことなんかな。
  おばあちゃん、わかる?

   うち、わからへんかったから、おとうちゃんやおかあちゃんや、村の人たちみんなに
  きいてまわった。みんな、いつもうちが天使さまの話するときとおんなじで、
  すんごくバカにした顔で、うちの言うこと笑いとばした。
  べつに、なれてるから気にならへんけど。

   隊長さんが天使さまの話がききたい言うたときは、おどろいたなあ。
  隊長さんはうちのことウソつきって怒るんと違(ちご)て、天使さまと話したこと、詳しく聞かはった。
  ほんで、聞き終わってから、こう言わはった。
  「ジャンヌ。おまえは神に選ばれた娘なのだ。この国を救うために、つかわされた者だ。
   おまえがみちびくなら、疲れはてた民衆も再び立ち上がり戦うに違いない」

   いまフランスは、いくさが長引いて王家もゴタゴタ続きで、国じゅう荒れほうだい。
  まずしいひとびとの暮らしが苦しいのもそのせいやって、隊長さんは教えてくれた。
  イギリス軍を追い払い、逆境にある王太子さまを王位につけることができれば、
  ひとびとはしあわせに暮らせるようになるとも、言わはった。
   うちが先頭に立って戦えば、きっとみんなに勇気をあたえ、敵をうち負かすことができるって。

   けど、うち、馬にのったこともなければ、剣を持ったこともないのに。
  いくさの先頭になんて、ほんまに立てるんやろか。おばあちゃん、どう思う?
  ごっつい心配やけど、それがほんまにみんなをしあわせにすることになるんやったら、
  やってみようかなぁって、うち思てん。
  「自分が正しいと信じた道を進むなら、怖れることはなにもない。きっと神さまが助けて下さる」て、
  おばあちゃんよう言うてたやん。 
  そやから、うち、隊長さんについて王太子さまのとこへいくことにしました。
  あんがい馬にもかんたんにのれたし、ていねいにちゃんと話すことばや読み書きも教わりながら、
  今、王太子さまのいらっしゃるシノンへむかっています。

   隊長さんと、中央のえらい将軍さんの部下らしい騎士さんたちは、まいばんなにかこそこそ
  相談してる。うちがきいても教えてくれへんの。勉強や武術を教えてくれる以外は、
  うちと口をきいてもくれません。 
   でも、旅の一行のなかの下っぱの兵隊さんたちは、みんなうちにやさしくしてくれるよ。
  うちが天使さまと会(お)うたときの話を、みんな何度でもききたがる。
   言(ゆ)うてくださった言葉を聞かせてあげたり、天使さまたちと原っぱで歌った歌を
  きかせてあげると、みんなとても喜びます。
  だれも、うちをウソつきとかアホとか言うたりしません。
   だから、旅は楽しくて、ずっとずっと続いたらええのになぁって思います。

   あ、旅のあいだも、おばあちゃんの言わはったとおりに、毎朝毎晩、神さまにお祈りしています。
   いっしょうけんめいお祈りしてます。
    神さま、どうか、みんながしあわせになりますように。

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