Offertoire

- オッフェルトリウム -
   (奉献唱)

   

おお、主イエス・キリスト、栄光の王よ、

   全ての死せる信徒の霊をば、地獄の刑罰と深淵より救い出し給え。

    彼らを獅子の口より解き放ち、冥府におとさず、

   暗闇に投げ沈めたもうことなかれ。

 

   きょうは、大変なことがありました。

   うち、はじめて王太子さまと、お会いできてんよ、おばあちゃん! すごいやろ。
  ふつう、王さまやら王子さまやらって、一生のうちに一度でも、地面にひれふして上目づかいで、
  行列のはしっこをちらっと見れただけでも『もうけもん』て感じやんか。
  それがじっさいに会えるなんて、すごいよね。
   この町について、お城の近くに宿をとってから二日も待たされたときは、うちも
  「やっぱり会うてもらわれへんのやろか」て、あきらめかけた。けど今夜、ほんのついさっき、
  お城の大広間でお会いすることができました。

   広間には身分の高い人たちがぎょうさんいてはって、さいしょは、
  どこに王太子さまがいてはるのかわからんかった。隊長さんたちも外で待たされてて、
  うちひとり、入り口のとこできょろきょろしながらじっと立ってた。

   そしたら、奥のほうに円をはんぶんこした形に並んでた貴族の人たちが、ほとんどみんな、
  うちのこと見てひそひそ言いながらほほえんでてんよ。やさしい笑い顔とはちがう、
  鼻の横あたりがこそばゆいんちゃうかて思うような、へーんな笑顔。
   うちのことを、ちっちゃくちっちゃくしてプチンて消してしまおうとしてるみたいに、思えた。
  うち、怖(こわ)ぁて心細うて、泣きそうになってもぅてん。
  でも、また、おばあちゃんの言うてはったこと、思い出した。
  「だれかに泣かされそうになったとき、そいつの前で泣いてしもたら、よけい悔しいやないの。
  『泣かしたろか』言われたら、笑うておやり。それさえできたら、なにがあっても、
  おまえはだれにも負けへんさかいに」

   うち、広間の入り口で、深呼吸してぐっと天井を見上げた。
  そしたら、高い天井の一番むこうの奥にある明かりとりの窓から、
  こんな夜にさしこんでくるはずのない光が、うちのほうにふってきたんです。
  それは、白くかがやく服をきた天使さま。
  いつも、ドンレミイ村の原っぱで、いっしょに歌ったりおどったりした、
  なつかしい天使さまが来てくださったの。
   すぐ目の前の空中に浮かんでる天使さまのお顔を見上げて、うちは自然に笑顔になってた。
  天使さまもほほえみながら、すうっと上のほうに浮き上がり、
  うちの行くべき方向を指でさしてくれはったの。

   半円の列の真ん中から少し左にそれたところにいる、地味な灰色の服をきた男の人のことを、
  天使さまはゆびさしてた。
   うちは顔を上げて、すこしほほえんだまま、まっすぐその人のとこへ歩いていった。
  その人は、ひとりだけ笑てなかった。ひとりだけ、いじわるそうなするどい目で、
  うちのこと、にらむように見てた。ちょっと怖そうやけど、きっとこの人が王太子さまなんや。

   うちは、隊長さんに教えられた作法どおりにひざまずいて、頭を下げました。
  「王太子さま。わたしは、神さまから、あなたの戴冠をお助けするよう、ことづかってまいりました」
   うち、自分の口から自分の声で流れ出してる言葉を聞いて、びっくりしてしもた。
  いちおう、隊長さんたちからいろんな言葉を教わってたけど、その時は王太子さまの前で
  すっかりアガッてしもてて忘れきってたのに、すらすら自然に言葉がでてくるねん。
  しかも、かんぺきな標準語やし、ぜんぜんものおじせんとキリリとしてて、
  自分の声やなんてとても信じられへんくらい。

   そしたら、王太子さまは冷たい声で言わはった。
  「わたしは王太子ではない。こちらの方だ」
   右手でさしたのは、ちょっと小太りで金糸の派手なししゅうのきらびやかな服をきた男の人。
  うちと目が合うたら、いかにも『おおよう』に(ごっつ難しい言葉習ろてるでしょう、おばあちゃん)
  うなずきはったけど、うち、この人はちがうと思た。
  「いいえ、あなたこそ王太子さまです」
   ちょっと失礼かと思たけど、きゅっとひとさし指でゆびさしてしもた。そして、
  「わたしに、兵の指揮を任せてくださいませ。神さまからの援軍の力により、
  必ずやオルレアンの包囲をといてさしあげましょう」 と言うた。
   このセリフ、まだここで言うはずと違ごたような気もするけど、まあええか。

   王太子さま、驚いた顔してはったけど、うなずいて「では、頼むぞ」と言わはった。
   ほんで、しばらくじっとうちの顔から目をはなさなかったので、ちょっとドキドキしてしもたわ。
  別に好みのタイプとかとちゃうんやけど、瞳の奥が冷たい碧(あお)色にさびしそうに
  光ってるように見えて、なんか気になるねん。
   大広間にいた人たちの中で、一番さびしそうに見えた。
  もうすぐ王になるはずの、国で一番えらい身分の方やのに、なにがそんなにさびしいのかな。
  王太子さまは、しあわせとちゃうんやろか。

   そやから、うち、今日から寝る前のお祈りで、王太子さまのしあわせも祈ってあげることにしてん。
  それと、いよいよいくさも近づいてきたから「馬から落ちませんように」も祈っとこうっと。
  え、そういう『ええかっこしい』な願いはあかんの?
  でも、神の使いが落馬したら、ちょっと頼(たよ)んなく見えるやんか。……やっぱ、あかんかな。

   おばあちゃん、心配せんでもほんまはちゃんとお祈りしてるさかい、大丈夫やからね。
   ほんなら、また、てがみ書きます。

≪タイトルページへ≫  ≪(1)にもどる≫  ≪(3)にすすむ≫