In  Paradisum

イン・パラディスム
(楽園にて)

天使たち、汝をば天国に導き、

殉教者たち、汝をば迎え入れ、

聖なる都イエルサレムへといざなわん。

 

   手の中の銀の十字架は冷たくて、すごく気持ちいい手ざわり。
  両足がふんでる薪のトゲトゲも、思てたほどいやな感じとちゃうよ。
  トゲやごつごつした木の皮からは、木のいのちが流れ込んでくる気さえする。
  切り倒されてもまだ生きてたのに、うちといっしょに焼かれてしまうんやね。
  ごめんね。けど、きっと燃やされた木のいのちも、いっしょに神さまの国へ行けるよね?

   さっきまでずっとお祈りしとったし、今はもう、じっと待ってるだけ。
  ずっとまわりの人たちの顔を、観察したりしながら待ってたりする。
  槍を持ってずらっと並んでる兵隊さんたちも、その後ろに見物に来てる人らも、
  なんかみんな顔がこわばってておかしいな。
  中でも、死刑を執行する係の人は、かわいそうなくらい緊張してはる。
  そんなガチガチにならんでも、薪に火ぃつけるだけやのにね。

   薪のはしっこに火がつけられたとき、一瞬だけやっぱり、ドキッとしてしもた。
  あかんあかん、怖(こわ)がったらあかんって。
  ずっと、お祈りの言葉をとなえながら、体の力ぬいてじっとしてたら、
  きっとこわくない、熱くないからね。
  木の皮が燃えて、パチパチはぜてる音、してきた。
  お祈りしてても、やっぱり足のほう、すごく熱ぅなってきて、
  じっと立ってられへんようになってきた。

  うち、助けてもらいたいんと違(ちご)て、こわがらへん勇気をもらうために、
  何回も「イエスさま」の名前をくりかえしたけど、それでも火の熱(あつ)さはおさまらへんかった。
  熱い〜、なんでこんなに熱いん?
  火ぃなんて、形ないし、とうめいで夕日みたいに赤いだけやのに、
  どうして触れただけで、剣で刺されるより痛ぅなるん?

  うちは、痛(いと)うてがまんできなくて、泣きそうな顔になってしもた。
  もうちょっとで、声をあげて泣き叫びそうになってた。
  そしたら、高い台の上で見てる、教会のえらい人たちが、
  満足そうにほほえんだのが見えたんや。
  うちを魔女に仕立て上げた人らは、うちが泣き叫びながら、じゅうじゅう焼かれて
  消し炭(けしずみ)になってしまうところを、見て笑おうと思てる。
  うちが、泣けば泣くほど、あの人たちは笑おうとして、待ちかまえてる。

  「おまえを泣かそうとする人の前では、笑(わろ)うておやり」
  おばあちゃんの言うとおりや。
  うち、泣かへん。ぜったい泣かへんもん。

   十字架をにぎりしめて、うちは、にっこり笑いました。
   もう、目の前まですっぽりおおわれた炎の向こうで、笑おうとしてた人たちの顔が、
  恐怖でひきつるのが見えた。兵隊さんたちや、町のひとたちは驚いて息をのんでた。
  それまで、いろんな汚い言葉や、あざけりの声がとびかっていた広場は、
  すっかり静かになって、炎がパチパチいう音だけが聞こえてた。

  そして、とつぜん広場じゅうに、うちの名前を叫ぶ声がいくつも聞こえだして、
  そのうち「火あぶりをやめろ」ていう大合唱になりました。
  けど、名前を呼んでくれてる人たちのこと、もう、うちには見えませんでした。
  真っ赤な火の壁にじゃまされて、この世の風景は、ほとんど見えへんかった。

   そのかわり、空を見上げたら、天の国から吹いてくる、すきとおるような青い風にのって、
  たくさんの天使さまが地上におりてくるのが見えました。
  先頭には、いつもうちを見守ってくれはった、あの天使さまがいて、
  うちにむかって両手をさしのべてくれてた。
  きっと神さまの国に帰れるって言うてくれはったの、ほんまやったのね。
  天使さまは、うちを見捨てんかった。
  うちが道に迷わんように、迎えに来てくれはった!

   うちも、天使さまにむかって両手をのばしたかったけど、
  火あぶりの柱にしばりつけられた縄があるから、じっとしてたの。
  そしたら、天使さまは言いました。
  「さあ、来なさいジャンヌ。もはや、地上のいましめなど、なんの意味も持たぬのだ」
  すぐそこまで下りてきはった天使さまのほうに手をのばすと、
  両手はするりと縄からぬけて、天使さまの両手をしっかりにぎりしめていました。

   天使さまはうちの手を強くひっぱって炎の中から引きあげると、
  うちを両腕で抱きかかえながら空へ飛び上がりました。
  天使さまの背中の真っ白な翼が、とても力強くはばたいてた。
  翼のおこす涼しい風で、熱さも痛さも苦しみもぜんぶ、どっかへ飛んでってしまいました。

  しばらく飛ぶと、天使さまはうちを抱きしめていた両腕をゆるめて、片手だけうちの手を取りました。
  ちょっと風に飛ばされそうになって、思わず悲鳴あげてしもたら、
  天使さまは、うちのあわてた顔を見て、楽しそうに笑いました。
  「大丈夫だよ、ジャンヌ。おまえも、もう自分の翼で飛べるのだから」 
  そう言われて後ろをふり向いたうちは、驚いて声も出えへんかった。
  うちの背中にも、天使さまとおんなじ、真っ白な大きな翼がついてたんやもん、そりゃビックリするわ。

   目をまん丸にして天使さまを見たら、何度もうんうん、てうなずいてから、
  ちょっとだけまじめな顔になって、こう言わはりました。
  「ジャンヌ。おまえは、ただ再び神の御元に戻るのではなく、これからも、
  みんながしあわせになるようみちびき続けるのだよ。これからは、フランス一国だけではなく、
  地上のすべての生きもの、そしてすでに死せる魂やまだ生を受ける前の魂……つまり、
  わけへだてなく、世界に存在し得るすべてのもののしあわせを祈るのが、おまえのつとめになる」
  うち、あんまりうれしすぎて、口をあんぐり開けたままぼおっと天使さまの顔見てた。
  そしたら天使さまは、またにっこりほほえんで言いました。

  「ただし、そのつとめを果たす者には、ひとつだけ条件がある」
  「条件て、なんですか?」
  うちの質問に、天使さま、今度は答えてくれはりました。
  「それは、しあわせにみちびく者本人が、しあわせであることだ。
   ……ジャンヌ。おまえは今、しあわせか?」
   うちは、首の骨がどうにかなりそうなくらい思いっきりうなずきながら、「はいっ!」て答えました。

   もう、すぐ目の前に開いてる天の国の門の前に、ほかの天使さまたちと手をつないで、
   おばあちゃんが迎えに出てきてくれてるのが、見えました。

   〈FIN〉

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